蜜月まで何マイル?

    “あ・そうか☆”
 


ざんざ・ざあと波を蹴り、
真っ向から向かい来る風を切り。
ちょっとおどけたお顔を冠した船の舳先が、
大海原を切り拓くようにして進んでゆく様は
いたく勇壮で。
結構 苛酷で、結構 大変だった
冒険という名の艱難を、
それでも何とか一蹴した麦ワラの一味は、
次の島を目指して海の上を航行中。
新たなステージへと挑むに先駆け、
それぞれの能力や才を伸ばすためにと
2年という歳月、誰とも一緒はしないまま、
各々が離れ離れでいたとは思えぬくらい、
互いの力や資質を信じてのこと、自らの背中を余裕で任せ。
たまには“てぇぃ変わっとらん”と怒鳴ることもありながら、
思わぬ敵に傷つけられもしのボロボロにもされながら。
それでも類を見ない雄々しさで、胸を張っての頼もしく。
凄まじい乱戦乱闘を制したクルーらも、
船へ戻っての航行中は、のんびりと人心地がつけるというもの。
そも、偉大なる航路自体が
磁石も利かず、気候も海流も出鱈目な、
誰もが恐れる、途轍もない“魔海”だと呼ばれている筈なのだが、

 「まあ…天候にはどう逆らっても無駄だしね。」

天の采配とはよく言ったもので、
人の思惑によるものではない以上、
祈っても小細工しても高が知れてる。

 「それでも、ウチには天才航海士がいるから、
  ハリケーンの1つや2つ、恐るるに足らずだがなっ。」

自分の才のように大威張りな狙撃手さんだが、

 ほんの数日前に遭遇した大型の竜巻では
 この世の終わりだと念仏を唱えてはいなかったかしら?

 まあま、大目に見てやれや。

 そうそう、天の采配には勝てるもんじゃあないってね、と。

その竜巻、クジラも飲もう巨大な海王類さえ
空の高みへ巻き上げたほどの規模だったというに、
それでもほのぼの語れる強わものたちの、
最も、若しくは秘密裏に信頼し敬愛している、
大々々大好きな船長さんは…といえば。

 「〜〜〜〜〜、う〜ん?」

航海中の指定席でもある、
舳先のライオンの頭に乗っかってこそいるものの。
いつもなら、
何が見えて来るものか、真っ先に見つけてやるべえと
ワクワクして前ばかり見ているものが。

 「え〜と? う〜〜〜ん。」

いつもの背中の様子がおかしい。
一応はそれなりの筋骨も蓄えているものの、
そこもまたゴム仕様ゆえの限界か、
2年前とさして嵩は変わらぬ細身のまんま。
羽織るシャツによっては、
ハタハタ余り倒してしまうほどというその背中。
それでもいつもなら、しゃっきり伸び伸びしているはずが、
猫背でこそないものの、
その上へ乗っかっている頭が
やたらと左右へ傾げられており。

 「どうしたんだ? ルフィ。」
 「何か変なもんでも見えんのか?」

日当たりのいい甲板で、工具の手入れをしていたウソップや、
先の島で手に入れた薬草を乾燥させてたチョッパーが、
まずは“あれれぇ?”と気がついての不審を感じたようで。
何だ?どした?と、それぞれお声を掛けたが、

 「う〜ん…。それがなぁ…。」

首を傾げもって
何とも煮え切らない声を返すばかりの船長さんであり。

 「何だ何だ。何か見えたってんじゃねぇのか?」

丁度おやつの頃合いであり、
ナミとロビンという、優先されて当然な女性陣へまずはと、
レモンソーダとバターの利いたフィナンシェを進呈して来たサンジが。
それからという順番ながらも内容には不公平なく、
残りの男性陣をおらおら座れと呼び集めながら
焼きたてのふっくら甘いのをトレイに運んで来ていたが。
いつもなら一等賞っという勢いで文字通り飛んで来る子の
出足が悪いのが らしくねぇなと気がついたようで。
動力室で整備にあたってたフランキーと、
上甲板で潮風と耳打ちし合うように
穏やかな曲をビオラで奏でていたブルックも合流したのだが、
そんな彼らの前でも、
依然として“う〜んと、え〜っと”と
自分でも何かへ怪訝そうにして、
小首を傾げ続けるルフィだったので。

 「一体どうした。」
 「そうですよ。話してくださいな、ルフィさん。」

こちらはコーラと紅茶を供されながら、
焼きたてのケーキの香ばしさへほこりとしつつも、
いつもお元気で見ているだけで釣られてこちらも笑ってしまうよな
そんな無敵な笑顔が似合いの、無邪気なお顔だったはずが、
何へか難しそうにしかめられていては落ち着けないと。
どうしたどしたと次々に声をかけるのだが、

 「それが俺にも、良く判らないというか…。」

何だろな、何でかな。
収まりが悪いというか落ち着かねぇというか。
どっか痛いとか具合が悪いってんじゃない。
風が不吉だとか陽気が良すぎるとかいうんでもない。
今更船酔いでもなかろうし、
腹具合が変っていうんでもないしよと。
狐色に焼けたバター風味の焼き菓子を
大きいお口でぱくりと食べつつ、
大人が肩が凝ったと首をかしげているのを真似てる子供のように、
かっくりこーのこっくりかと、
妙に拍子をつけて右に左に首を倒して、
鹿爪らしいお顔になっていたルフィだったが。

 「それって、ルフィ。」

目許を柔らかくたわめて微笑ったロビンが、
うふふと謳うように助け舟を出してくれての曰く。

 「もしかして、剣士さんが足りてないんじゃないの?」

何だろなー何でだろなーと言いつつ、
あちこち見回したりしてた。
胸元へと腕を組みつつ、向背へと凭れかかっては、
そのまま倒れ込みそうになって、
あわわと持ち直したりしていた。だから、

 「先の島でもやっぱり、
  あなたたち離れ離れで快進撃してたでしょ?」

 「あ……。」

仲間は大事で大好きだけれど、
それとこれとは別次元なこととして、
冒険とか強い敵とかいうニンジンが鼻先へぶら下がると
何をさておいても真っ直ぐそっちへ向かってしまう
困った性分まで似通ってる二人なもんだから。

 「あ、そっかぁ

ルフィ本人がぽんと手を打ったのとほぼ同時、

 「何だそうかよ。」
 「どんな大事かと思えばよ。」
 「その諸悪の根源はどこにいるんだ。」
 「見張り台で鍛錬してたぞ?」

気のいい仲間達の、
こういうことにほど手際のいい連携により、
数分とかからず、結構な高さのある主柱上の見張り部屋から、
引っ張り出された格好の緑頭の剣豪さん。
昼寝の途中だったのまだ覚めやらぬまま、
ほれここだここだと甲板中央の陽だまりの中へと座らされ、
そんな彼の立膝の間へ、ぼそんっともたれ込んだのが
朝から小首を傾げたおしてた船長さんと来て。

 「やあ、落ち着いたぞ。」

  「???」

 「そーかそーか。」
 「しっかりしろよな、大事なことじゃないか。」
 「もしかして
  それも出て来なかったほど
  疲れてんじゃないのか、ルフィ?」

  「おい。」

 「いーや、そっちはダイジョブだvv」
 「そか。」

  「おいお前ら、これってどういう。
   ちょっと待てよ、こら、
   フランキー、ウソップ、ブルック?
   ぅをいっ

何が何だかと、ただ一人事情が分かってないまま
放置されたも同然の剣豪さんだったけれど。

 「や〜、やっぱこうでないとなぁ。
  そっかそか、足りなかったか。」

がちごちとした筋肉とそれが覆う骨としか感じられまい肢体へ
ぱふ〜んっと背中からうもれて、
心地いい風呂にでも浸かったような、
嬉しそうな声を出すルフィへは。
そっちこそ…肉置きへ力を入れてないときは
ふわふかな感触しかしない、
まだまだ子供っぽい骨格の肢体と
それへとまとわりついたバターの甘い匂いのする温みとが
屈託なく擦り寄ってきているのへ、

 “……ま・いっか。”

心地はいいのだ、怒るより昼寝の続きをする方が利口かねと、
憤怒に牙を剥きかけてた口許を収めると。
その代わりのように苦笑をし、
凭れかかって来た腕白小僧の温みを、
枕代わりにその双腕へ掻い込んだ、
三刀流の剣豪であった。




   〜Fine〜  2012.10.09.


  *冒険中や戦闘中は単独行動にも不安はないでしょうが、
   暇になればこういう
   “足りない”症候群が顔を出すんじゃないのかなと。(笑)
   ゾロの側だってこういう気分は沸くかもですが、
   周囲がここまで協力するのはルフィなればこそです

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